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名古屋地方裁判所 昭和55年(レ)42号 判決

控訴人

株式会社エービーシー事務機

右代表者

青山弘

右訴訟代理人

大場民男

鈴木匡

山本一道

鈴木順二

伊藤好之

被控訴人

加納志づ子

外四名

右五名訴訟代理人

三浦和人

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  被控訴人らは、訴外田口智章に対し、別紙物件目録記載の農地について、岐阜県知事に対し農地法五条の規定による許可申請手続をせよ。

三  被控訴人らは、右田口に対し、前項の許可があつたときは右農地につき売買を原因として所有権移転登記手続をせよ。

四  控訴費用は被控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

一重美が本件土地を所有していたこと及び重美が昭和四六年二月六日死亡し、被控訴人らが相続により重美の権利義務を承継したことは当事者間に争いがない。

二本件土地の売買について

1  控訴人が直接重美と本件土地の売買契約を締結したと認むべき証拠はない。

そこで控訴人が重美の代理人から本件土地を買受けたか、否かにつき判断する。

(一)  〈証拠〉によれば以下の事実が認められる。

(1) 重美は、昭和四四年二月一八日、同人所有の岐阜県恵那郡蛭川村字宮ノ前五二三五番一(以下「宮ノ前五二三五番一」という。以下同じ。)山林、五二三五番五畑、同所五一四一番二山林、新田五二三九番一保安林及び本件土地を売り渡す代理権を田口に授与した旨の委任状を作成して田口に交付した。

(2) 右各土地のうち、本件土地以外の宮ノ前五二三五番一山林、同所五一四一番二山林、新田五二三九番一保安林について、重美から控訴人に所有権移転登記手続をするための売渡証書が作成され、それぞれ昭和四四年三月一一日及び同月一三日受付をもつて重美から控訴人に直接所有権移転登記がなされた。

(3) 重美は控訴人に対し、本件土地について農地法五条許可を条件とした所有権移転仮登記手続を行い、かつ、重美は控訴人に本件土地の所有権移転登記手続ができるように協力する旨の誓約書及び確約書を作成した。

(4) 田口は控訴人に宛てて発行した右代金の領収証に「加納重美・三戸秋夫代理人田口智章」と記載している。

右のように認められる。〈証拠判断略〉他に前認定をくつがえすに足りる証拠はない。

(二)  以上認定の事実からすると、田口は重美の代理人として控訴人との本件売買に関与したかのごとくである。

しかしながら、後記2で認定するとおり、控訴人と重美との間に本件土地についての売買がなされたことを証するような契約書が作成されておらず、また田口は控訴人との間における本件土地を含む重美所有の土地の売買代金の額を重美の意思とは無関係に独自に決定し、かつ右代金の半分以上を田口自身が取得していること並びに後記甲第五号証及び乙第一号証を考慮すると前記(一)の認定事実をもつてしても田口が重美の代理人として控訴人と本件土地の売買契約を締結したと認めることはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠がない。

よつて、控訴人の主位的請求は理由がない。

2  次に、重美が本件土地を田口に売り渡し、田口がこれを控訴人に転売したか、否かにつき判断する。

(一)  〈証拠〉を総合すると以下の事実が認められる。

(1) 田口は、昭和三二年から重美を人夫に雇つて本件土地から石材を採掘していたが、昭和三六年採掘の見込みがなくなり廃山とした。その際、重美は本件土地を売却する意向を田口にもらした。

(2) 重美は昭和三九年ころ、脳溢血で寝込むようになり働けなくなつたため、同人の家族は生活が苦しくなつた。

田口は、昭和四三年暮重美に対し、同人所有の土地を売却する意向がないかともちかけたところ、重美は昭和四四年一月宮ノ前五二三五番一山林、同所五二三五番五畑、同所五一四一番二山林、新田五二三九番一保安林及び本件土地を一〇〇万円で売る旨述べた、また、田口はそのころ訴外三戸秋夫から同人所有の宮ノ前五一六二番一山林を七二万円で買受けることにした。

田口は、同年二月初旬に不動産仲介業者の三田殖産株式会社の社員訴外鈴木力に重美及び右三戸の土地を買わないか、ともちかけたところ、右鈴木は控訴人代表者青山弘にその旨話をした。右青山は、買受ける意向を示したので、同月中旬、重美が売却する土地の範囲を現地で確定し、実測面積を算出するために杭打ちを行なつた。その際、重美は、田口、訴外鈴木力及び隣地所有者である訴外各務正美とともに立会つて、杭打ちを手伝つた。

(3) 重美は、同年二月一八日、前記各所有地を売却するために代理権を田口に与えた旨の委任状を作成したが、宮ノ前五二三五番五畑については耕作する必要を考えて売却することをやめた。

(4) 田口は、翌一九日控訴人に対し、重美所有の宮ノ前五二三五番一山林、同所五一四一番二山林、本件土地及び訴外三戸秋夫所有の宮ノ前五一六二番一山林を代金二九八万四〇〇〇円で売り渡す契約を結び、売主を田口、買主を控訴人とする売買契約證書を作成し、登記については、所有者から直接控訴人名義に移転することを約した。田口は控訴人から手付金として一〇〇万円を受領し、そのうち三〇万円を重美に手付金として渡した。

(5) 田口は、同年三月七日、控訴人から残金一九八万六〇〇〇円を受領し、翌八日重美との間で宮ノ前五二三五番一山林、同所五一四一番二山林、新田五二三九番一保安林及び本件土地について売買契約(以下「本件契約」という。)を締結した。その際、田口を買主とする売買契約證書を作成し、田口は重美に残代金七〇万円を支払つた。同日本件土地について、重美から直接控訴人に対し農地法五条許可を条件とする所有権移転仮登記を経由したが、控訴人と重美との間には売買契約書は作成されなかつた。

田口は、同月一二日控訴人に対し、新田五二三九番一保安林を代金一五〇万円で売り渡し、その旨の土地売買契約書を作成した(甲第一一号証の買主欄記載の田口尚司は田口智章の別名である。)。

右のように認められる。

(二)  〈証拠判断略〉

(三)  〈省略〉

(四)  従つて、重美は昭和四四年三月八日、田口に対し、本件土地を売り渡し、田口は同年二月一九日、控訴人に対し売り渡したと認める。

三債権者代位権の行使について

1 前記認定のとおり、田口は重美から買受けた本件土地を控訴人に対し転売したものであり、また弁論の全趣旨から本件土地が農地であることは明らかである。

ところで農地の売買については、農地法所定の県知事の許可がなければ所有権移転の効力を生じないところ、本件土地についての重美と田口間の売買について右許可がないことは弁論の全趣旨により明らかである。

しかし右許可のない農地の転買人であつても、県知事の許可を法定条件とする所有権移転請求権を有していると解される。

そうであれば、右許可のない農地の買主は右法定条件付所有権移転請求権を保全するため一般の債権の場合と同様に民法四二三条の債権者代位権を行使することができるものといわなければならない。

2 次に、債権者代位権を行使しようとする債権者は自己の債権が履行期にあることを要件とし、その債権が期限未到来であれば裁判上の代位によらなければ、これを行使できない。そして、右趣旨によれば、本件のような法定条件付債権者の場合も裁判上の代位によらなければならないと解される。

ところが、本件において、控訴人が本訴提起前に右裁判上の代位に関する非訟事件手続法所定の裁判所の許可を得ていないことは弁論の全趣旨に照し明らかである。しかし、債権者代位権を訴の形式によつて行使する場合には、その訴訟手続中において、非訟事件手続法七二条に規定する要件を併せて審査できるものと解するのが相当である。

3 非訟事件手続法七二条は、期限前の債権者が債権者代位権を行使しなければ、その債権の保全が不可能若しくは困難となる場合に限つて、裁判所の許可を与える趣旨である。そこで、本件において、右要件を備えているか、否かにつき判断する。

(一) 〈証拠〉によれば、田口は控訴人に対して、本件土地の所有権移転登記ができるように協力する旨確約しながら、すでに一三年余を経過した今日まで、重美または被控訴人らに対して、農地法五条所定の県知事に対する許可申請手続をするように求めておらず、右許可申請協力請求権の消滅時効が一〇年であることを考慮すると、債務者たる田口に権利保全を委ねておくと、右許可申請協力請求権を消滅時効にかからせ、本件土地を田口が取得できなくなるおそれがある。

(二) また、農地の転買人は転売人(買主)が農地法所定の許可を得て、所有権を取得しない限り、転売人に対して何らの請求もできない地位にあり、転売人が右許可申請手続をせずに放置している場合、転買人は債権者代位権を行使する以外になんら権利実現の手段を有しないことになる。

そして、本件において前記認定のとおり、転買人たる控訴人は転売人たる田口に売買代金全額を支払つている関係上田口は右許可申請手続を放置していてもなんら差し迫つた不利益が現在しない状況にあるから、この点からも控訴人に債権者代位権の行使を認める必要性は大きいと解される。

(三) さらに本件土地には控訴人を権利者とする条件付所有権移転仮登記がなされていることは前記認定のとおりであるが、控訴人が本件土地を重美または同人の代理人から直接買受けたものではないから、右仮登記はなんら効力を有せず、被控訴人らによる本件土地の二重譲渡のおそれもないとはいえないのである。

以上のとおり、控訴人が債権者代位権を行使する必要性は大きく、また本件においては同人の債権の条件成就を待つて、債権者代位権を行使することが不可能であるから、条件未成就の債権をもつて、債権者代位権の行使を許容すべきであると解される。

四前記認定のとおり、田口は、重美から本件土地を買受ける旨の売買契約を締結したのであるから、田口は重美の権利義務を承継した被控訴人らに対して、農地法五条所定の県知事に対する許可申請手続の協力請求権及び右許可を条件として所有権移転登記請求権を有することは明らかである。そして、控訴人が田口の右債権を代位行使しうることは前項説示のとおりであるから、控訴人の予備的請求は理由がある。

よつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、当審における予備的請求は理由があるからこれを認容し、民訴法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(田辺康次 合田かつ子 西田育代司)

物件目録〈省略〉

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